子供を欲しがっていた夫なのに育児にはかなり消極的なので私は決断しました。

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私は25歳の会社員です。
結婚しても仕事を続けたかったのですが、専業主婦になってほしいという5つ年上の会社員の夫の希望を聞き入れ、退職しました。

結婚して二人の生活を楽しみたかった私とは対照に、夫はすぐに子供をほしがりました。正直、私はあまり子供が好きではなかったのでやっていけるか不安でした。

子供に恵まれないためにすれ違いに

そして1年が過ぎました。私たち夫婦には、未だ子供には恵まれていませんでした。

不思議がる夫は、基礎体温をつけるように言い出しました。それから毎朝、私は基礎体温を測り始めました。

私の身体のサイクルに合わせての生活が始まったのです。気持ちのすれ違い…毎月、市販の妊娠検査薬でのチェックが始まりました。陰性の反応が出ると、ため息が出ました。夫のため息は残念なため息、私はホッとしたため息でした。少しずつ気持ちのすれ違いが生まれてきました。

それから半年後。なんと妊娠検査薬は陽性を表しました。喜ぶ夫の姿を見ながら、冷めた自分がいることに気づきました。瞬く間に私の妊娠は親族に伝えられました。

その日から、義母が毎日のように電話をかけてくるようになりました。あれこれ溢れんばかりの情報を押しつけてきます。そして、宅配で荷物も2週間に一度は届くようになりました。夫はそれを喜び、私はなんとなく違和感を覚えました。

先の見えない不安

私は、ひどいつわりに悩まされました。食事をすることもままならず、ニオイにもとても敏感に反応してしまい、見る間に痩せていきました。

何もすることができず、一日寝ていることが多くなりました。自分のことで精いっぱいで周りも事は見えなくなっていました。

夫は夜、仕事から帰ると、食事の用意ができていないことに不機嫌になります。文句を言いながら、コンビニへ行くのが日課になっていました。でも決まって私にもといって、生クリームたっぷりのスイーツを買ってくるのです。今は見ただけで、気分が悪くなる状態なのに…。状況を理解しようとしない夫に不安を感じていきました。

決定的瞬間

子育てが始まると、あんなに子供をほしがっていた夫なのに育児にはかなり消極的です。

何かあれば、それは母親の仕事と言いきります。自分の母親もそれでやってきたのに、なぜできないのかと責めるようになりました。夫は何でも母親に話し、助言をもらっていたのです。すべての行動は、母親の考えに沿ったものだったのです。

私は背筋はゾッとし、離婚を決意しました。離婚を切り出すと、案外あっさり承諾しました。そして一言。
「家庭がどんなものかお母さんが社会勉強のためだと言ったから試したけど、全然良くなかったよ。俺はお母さんのところへ戻るよ。」と。

あれから2年が経ち、私は結婚する前の職場で働きながら、シングルマザーとして頑張っています。

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