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精神疾患のある夫との離婚とは?法テラス【前編】離婚レスキュー愛理のプロフィール

ため息

目次

夫の発病と支える「妻」としての私、そして苦悩

【自分の未来すらプレッシャーに感じて卒論が書けない彼】

東京の役所を退職して、私が田舎に戻ってきた時「2回目の大学4年生」をしている彼は…ちょうど卒業論文に取り組んでいる最中でした。

バブルは弾けてかなり時間が経ってはいたものの、彼も担当教官が大学のそばの知り合いの設計コンサルタント会社に捩じ込まれて…内定だけはゲット。

あ、それ以外は「全滅」。
大学院の進学の選考にすら漏れた…息子の行く末を案じた彼のお母さんが、ゼミの先生に、菓子折を手に頼み込んだらしいと専らのウワサ。

就職の斡旋。果たして菓子折に多少なりとも効果あるのか…??だけど。
ところが。まかりなりにも内定を得たのに…彼は卒論が書けないとキテる。

社会に出る直前、自分自身の未来すら彼にはひどいプレッシャーだと。

そんな彼なのに。
「私がどうにかしなくちゃ!」そう勘違いしてしまった私は、お母さんに懇願されるがまま卒業も危うい彼と入籍。
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もう本当に勘違いしちゃったとしかいえませんが…。

【彼にゴネられた挙句…新妻の私が代筆した卒論】

結局、期日の前夜にどうにか彼がゼミの教官に提出した卒論を、彼に代わって書いたのは他ならぬ「妻」の私。

「20世紀末」の当時はまだコピー&ペースト、っていうサイテーの切り抜け方すらもなかったのでやむを得なかった…んですが。
でも、彼って(一応)工学部土木科の学生。

一方私は高卒。大学はまあ幾つか受かっていたけど、先にお話した通り、私が進学した先で学びたかったのはサルトルやニーチェといった実存哲学。

…もう何も被らないテーマ。
一度くらいつらい思いをさせておいたほうが、のちのち彼のためだったのかも知れません。今さらなんですが。

しかしながら…卒論が出来ない、オレはもう死ぬんだ!

そう彼に泣かれるたびに、私の脳裏に何時ぞや見た血まみれのリストカット現場がフラッシュバックしてしまって。

ぐずって駄々をこねる幼児を相手するかのように、苦し紛れに妻の私が書きあげた原稿用紙50枚の「工学部生の卒業論文」のテーマはズバリ「アーチ橋の歴史についての一考察」。

…今でもこうして文章を書いてごはんの種にしている私ではあるんですが。
私のライター家業においてあれほどの黒歴史は…もう本当にありません。

私もまた心が病んでいたんだと、当時を…今さらながら悔やんだりもします。

【発病…入社後わずか三週間で出社出来なくなる夫】

そうして…どうにか就職に漕ぎ着けた彼だったけれども。
漸く入社した設計コンサルタント会社を、夫は入社三週目にして休職。

通えない、他人の目が怖い…そう訴える彼。
とりあえず、学生時代からお世話になっている精神科医に、彼の現状を妻として相談し、口実として「うつ病」という診断書を頼んで…会社の人事に提出。
そっとしておけば治るのかな。

はじめて出た社会が彼にとっては想像以上の荒波の立つ場所だったのかな。ただでも連休だし…ゴールデンウィーク明けにはどうにか立ち直ってくれないかしら。
哲学かぶれの私には、彼の上に起こっている現実が、笠原嘉先生いうところの「スチューデント・アパシー」のなれの果てであってほしいと、それこそ気休めの如く希っていたのですが…。

秋に…もうどうしようもなくなってしまい、これまた夫に代わって妻である私が退職届を会社に提出した時には彼の言動はあからさまにおかしい、といわざるを得ないものでした。

四六時中、誰かに見られている、誰かがオレの悪口を言っている…そう私に訴え続ける彼。

刃物や精神科のクリニックから処方された薬を彼の見えない場所に隠してもなお、言動が真っ当でない彼をひとりにさせてはおけません。
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夜も彼の見守りに気を遣い、買い物にすら満足に出られない私は、次第に妻として疲弊して来ました。

【すでに夫婦の未来なんかない…妻が頑張れば頑張るほど全ては裏目に】

おんなとして生まれたからにはティンカーベルのように輝く人生を送りたいものですが。
実際にはいつまでもおとなになれないピーターパンのような夫を、母親の如く幼児扱いするウェンディに私は変わり果ててしまいました。

シンデレラ・コンプレックスを地で行く妻の私は、退職後、緩いアルバイトすら勤まらない彼の希望するまま、ヘソクリで安くもない絵の専門学校に通わせ、通信教育で彼にささやかなる生への希望を待たせようとしたのですが。

言うまでもなく…すべては裏目裏目に。
そして、貯金を食いつぶすだけの生活に、そもそも夫婦としての未来への展望などみじんもありませんでした。

働けない夫と子作りを強要する彼の両親と…

【不完全なる結婚…「夫婦」としての実態はないふたり】

やがて、当時の病名で「精神分裂病」との診断が下った夫は、向精神薬の影響で二十代にも拘らずEDに陥りました。
今でこそ精神科における投薬も出来るだけシンプルに…という考え方が主流ですが。

夫が発病した当時はまだ、とにかく医師の目が届かない場所でのトラブルを回避したいという考えのお医者さまが殆んどでした。

彼もまた身体に影響が出るほど多量のお薬で、症状を鎮静させられていたのです。
お薬のおかげで、夫が興奮して手がつけられないほど衝動的になる場面はなくなったけれど。

いつもぼんやりと生気のない顔をして彼は過ごすようになりました。
そして。まだ二十七歳・新婚の夫は、その若さでもうソッチのほうもすっかり難しくなってしまって。

しかも。
もともと…今でいう「二次元の嫁」を愛している彼は、新妻の私をあろうことか「気持ち悪い」というのです。
私のほうが彼を誘って、一応はセックスも試みました。

ですが、手淫のほうが余程気持ちいいと彼は主張。生身の女性なんか怖いと、そういうのです。

ちょっとマズい…いわゆるロリコン趣味の彼に合わせて。アラサーにも拘らず、髪をツインテールにし、大きくリボンを結んで、ピンクハウスばりのフリルひらひらのワンピースを纏って過ごす妻の私。

しかしながら、そういう努力?も一向に効果はありません。
一緒にお布団で寝るとか、お風呂に入るだけならいいんだけど…と彼。

【つらすぎる…とても赤ちゃんなんか作れないし】

皆さん、それこそ挨拶代わりにおっしゃっていたのでしょうが。

周囲の「赤ちゃんはまだ?」という言葉が、私にはつらくて仕方ありませんでした。
でも、泣きたくても…すでにそのころ、私の両親は他界。
実家に帰りたくても…帰るところすら私にはなかったのです。

やがて…薬の副作用でいつもぼんやりと虚ろな目をして、昼夜逆転のまま部屋の片隅にいるのが彼の日常となりました。

お薬で満腹中枢に異常をきたしてしまった上、全く外に出ない生活は、いつしか彼の体重を発病時の倍、百キロ超えにさせてしまいました。

髭も剃らず髪も伸ばし放題、入浴も避けて着替えもしてくれない彼。
整容を行うとオレは殺されてしまうのだ、それが彼の主張。

申し訳ないのですが…その時の彼の姿に幾ら妻であっても、私はセックスアピールなどさっぱり感じ取ることは出来ませんでした。

そのような状況であっても。
海辺の半農半漁の田舎町に住む彼の両親は、長男夫婦である私たちに跡継ぎの男の子を強く望みました。

私はたまたま結婚前から生理不順で、排卵し難いとの診断を受けていたので。

…愛理さん。あんたの身体に問題があるんだよ!キズモノなんじゃないの?
嫁である私を、あれほど息子の妻に望んでいたはずの彼のお母さんが…私の味方になってくれるどころか、一番口汚く非難しました。

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【ただ、嫁としての立場を保つためだけの無為な不妊治療】

盆や正月はもう本当に「針の筵」に座らされている状態の嫁の私。

セックスがない、つまり「初期設定」からして夫婦として成り立っていない私たちカップルだというのに…子どもが生まれないのは嫁が不妊症なせいだと。

そういう状態を目の当たりにしても、彼は非難される妻を庇うということすらしてはくれません。
ただ、薬のせいで眠そうな瞳のまま、ぼんやり私の顔を見やるだけの彼。

…かくして、周囲からのプレッシャーから逃れることも出来ずに、私はいやいやながらなけなしのお金をはたいて不妊専門クリニックで「治療」。

診察台の上で恥ずかしいポーズを取らされ、卵管に管を通されて痛みに涙する妻を、夫たる彼はただの一度も労ってはくれないし。

だいたい、ふたりの間にはセックス自体ないのに。
夫婦としての実態もないのに…どうやって子どもを作るんだ!

【彼は借金&浪費…経済的にも追い詰められてとうとう自己破産】

もういろんなことが煮詰まっていくばかりでしたが。
田舎では他人の目があり、離婚話を切り出しても一笑に付されるorさらなる針の筵で曝される嫁の私。

一方、働けない彼は、多少の障害年金こそもらえるようにはなったものの、それでローンを組んでカメラを買いまくっていました。
そのころは年金担保で借金をするのも今よりずっと安易だったのです。

心の埋まらない部分を一眼レフのカメラでうずめようとするかの如く、キヤノンにニコンに、ライカにマミヤに…。

ふたりの住む家賃4万円の2DKのマンションには、一番多い時で、彼の買い漁ったカメラが五十個を超えていたことも。

さすがの私もようやく職を得て外で働き始めました。

さらには東京で知り合った編集者の知人に…何でもいいからライティングの案件を紹介してよ…と、そう頼み込んで。

雑誌の連載を一番多い時には十五本抱えて、時間があれば仕事づくめの私でしたが。
それでも…結婚八年目、ついに夫は自己破産。
妻として連帯保証人になっていた私も自己所有の車から生命保険から…全てを失いました。

それでも。
まだ私は夫婦たるもの、配偶者に対する扶養義務があるんだ。
そう信じていました…。

私と心を病む彼との間に、巧くは説明出来ないのですが妙なパワーバランスが成り立っており、そこから脱出出来ないんだと、私はそう思い込んでいました。

完全なる共依存関係。
彼だけでなく私も蝕まれていたのです。

新天地を求めてふたりは都会で暮らしたけど…やがて別居へ

【それでもなお、まだ夫とやり直したくてふたりで上京】

それでも。
彼に全てを傾けて自分自身を消耗することが、妻である私の彼への愛し方だと、頑なに信じていた私が「最後の手段」として選択したものは。

一度も都会暮らしをしたことがない彼を伴って上京することでした。
意外に思われるかも知れませんが、物流の盛んではない田舎での暮らしは、想像以上に物価、とりわけ食べ物の価格が高くつくのです。

さらには血縁や地縁の緻密さが、親密なあまりに人間関係を複雑化させ、そこから冠婚葬祭にかかる負担を苦しくなるくらいに逼迫させてしまいがち。

その二点が軽減されるだけでも、逆に生活は回るのかなと。
都会なぶん、回ってくる私の仕事も多いでしょうし、そうすればインカムも増えるでしょうし。

何よりも…場所を変えることで心を病む彼の病状が、多少なりとも改善してくれたらなあと。

もうあからさまに見た目からして「おかしい」人になっている彼を、それでも妻の私は「人間」っぽく戻したかったのです。

都会での暮らしはある意味自由です。
他人の目を過剰に気にしないで済むことで、彼が安定してくれたらなあと、この場に及んで私はまだ希っていました。

【過労のためついに倒れて意識不明に陥る妻…そしてふたりは】

ところが。
東京に引っ越して3ヶ月後、私は過労で倒れました。

救急車で病院に搬送された時にはすでに瞳孔すら開いていた重篤な病状の妻の私。

病気の夫はその事実を把握出来なくて、私が意識不明になってから7時間も放置して眠ってしまっていたのです。
奇跡的に一命こそ取り留めましたが。

私は左半身に重い麻痺を生じ、特別な杖がなければ歩けない姿に陥りました。

手術を行った救急病院から、リハビリ専門の病院に転院して。
身障者手帳や、歩けなくなったことによる車椅子などの補装具、その他公的な手当などを病院のソーシャルワーカーさんに代理で申請してもらって。
どうにか退院した私が目の当たりにしたものは…。

私が倒れた時点では、引っ越したばかりでまだピカピカだったはずの新居はゴミ屋敷に変貌を遂げて…。

そして。私が入院中、部屋を守っていたはずの夫はゴミの中に埋もれていました。
溜まったゴミで異臭すら漂うマンションの一室に、私は言葉を失いました。
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【ふたりの関係のように荒れる汚部屋、心が離れる妻】

しかし、半身不随の私には、もうそれらを片付ける力すらありませんでした。

役所の障害福祉課にヘルパーさんを依頼し、担当の方に実際に見に来てもらったことも。
それでも…週2回のヘルパーさんの訪問だけでは、それこそ焼け石に水。

荒れまくった部屋は、修復不可能となったふたりの関係を如実に物語っていました。
動かない身体に、それでも生活が懸かっているから…さらに外に仕事を求めていくしかない私。

一方で部屋に引きこもって妄想と幻覚の世界の住人になっている夫。
お互いに相手に対する理解も交わる部分も…少なくともすでに私にはもう一切見出すことなど出来ませんでした。

次第に…仕事を理由に彼のもとに帰らなくなる妻の私。
半分は本当に仕事…でしたが、正直に言えばもう憂鬱になるだけの彼の待つ部屋に、私は帰る気が失せていたのです。

【別居。とうとう離婚を覚悟して夫のもとから家出する妻】

平成23年。未曽有の大地震と津波、そしてフクシマの原発事故の直後。

心身ともに限界に達した私はありったけの手持ちと知り合いから借りた他人名義の携帯電話と。
それからノートパソコンだけを抱きしめるように、真夜中のタクシーに乗ると、荒れて散らかりまくった部屋をあとにしたのです。

…お金が続く間はギリギリのホテル住まい。
ウィークリーマンション、さらには女性専用カプセルホテル。

最終的には一週間足らずとはいえホームレスになったところで…ようやく頼れる身内もない私には行政からのDV被害者等支援が入ることになりました。

ワケアリな私には、生活保護受給者相当の経済的自立への支援が組み込まれ、ワンルームですが公費でアパートを借りることも叶いました。

私が人生のリスタートを切れるまで、あともう少し。


どうにかしてこの窮状を打破したい!
そう強く願う私が思いついたのは、自力だけで離婚調停を申し立ててみることでした。

精神疾患のある夫を「棄てる」妻は「有責」配偶者

【自身の手で調停を申し立てた時、私は現実をナメていた】

新しいアパートでの暮らしが始まった直後。
彼の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、私は別居した夫との離婚調停を申し立てました。
ネットで見ている限り、彼とのディボースはすぐに実現出来そうでした。

…「精神病」の配偶者との婚姻は継続が難しいという部分を言質に、調停委員さんはすぐに妻であるあたしの言い分を訊きいれてくれるはず。

ただでも、あたしは彼をすでに14年ものあいだ扶養してきたんだし。
フツー、嫁ではなく男性が外で稼いでるもんでしょ、これならむしろあたしのほうが慰謝料を請求出来るんじゃないかしら…??

稼げなくて病気の旦那なんか、それだけで「有責配偶者」確定でしょ!
あたしだって苦労してきたわ。あたしの人生の時間を返してよ!
…それくらいの認識で臨んだ調停当日。

年配の男女の調停委員さんふたりの同席のもと。
裁判所の一室で2ヶ月ぶりに見た彼の表情はまるで能面みたいでした。
皺だらけのピンクのストライプの綿シャツにジーンズ。これまたよれよれで皺だらけのこげ茶のジャケット。

そんな裁判所にはおよそ不似合いな服装の無職夫に対し、今や身体障害者手帳まで所有する「可哀想な」妻は、新たに購入した黒の地味なワンピース姿。

【精神の病気で生活力のない夫と離婚したいと願う妻は「有責」】

正直「勝った!」そう私は思ったんですが…。
私の想像を遥かに超えて、妻たる存在の責任は重く語られました。

―相手が病気で働けない状態であれば、扶養の義務は当然です。
男性は外で働き、女性は家庭を守る…なんて。今どき、あなたの認識のほうが古いのです…と。

調停委員さんはさらにこういうニュアンスで語り続けました。
私の受け取り方がひねくれているのかも知れませんが、それぞれの連れ合いと過日金婚式を迎えたという調停委員さんふたりの言い分は…以下の通り。

…あなたたちも含め、今の若い人は我慢が足りない。
私たちの時代、女性はどんなことがあっても男性に尽くすのが普通だった。

あなたもご主人との間に子どもさえあれば、こんなことも考えずに…家庭を守り、一生添い遂げようと決意を新たに出来たのに…。
妻として、我儘は言わずにもうちょっと考え直しましょう。

ご主人が病気なのであれば、妻であるあなたが旦那さんが早く元気になれるよう、精一杯看病をし、支えていくことが何よりであり、ついてはそれが真の女性の幸せなんですよ…。

【リコン不成立…ただ人生のお説教の場所でしかなかった調停】

一瞬「は???」と耳を疑った私。
セックスレスや経済的な問題など、夫とのこれまでを私は全て時系列に文書にまとめ、裁判官や調停委員さんにも予めお渡ししておいたのに。
そりゃあ、私だってリコンがいいだなんて思ってはいません!

ただ、もうあらゆる手は尽くしたにもかかわらず、彼との関係修復は難しいと苦渋の判断をしたからこそ、こうして第三者を交えてある意味、建設的なスタンスでの話し合いに来ているのに…。
少なくとも調停委員さんの人生の理想をお説教されに来たんじゃないのに。

そうは思っても。
予想以上に私にとって不利な流れの話し合いとなっているし。
もうどうすればいいのかなあ…。私はにわかに帰りたくなってきました。

さらに担当の裁判官を交えての討議では、相手方である夫が精神疾患なのであれば、余計に申立人である妻の保護管理責任は重く、夫の病気を「婚姻を継続し難い事由」だとする自体、離婚の申立て理由としては不適当なのだとのこと。

いわば申立てをしている妻のあなたこそ、ご主人を悪意で遺棄する「有責配偶者」だといえるのですよ…。

調停委員さんたちだけでなく裁判官も交えて三人がかりで論破されてはひとたまりもなく、次回の期日を待たずして、第一回目の調停は申立人の私のほうから取下げという結果に。

【調停委員はボランティア。必ずしも法律のプロではない】

そもそも。永い期間離れて暮らしているならともかく、まだ2ヶ月という状況では、別居の事実自体に離婚に繋がるような効力はないとのこと。

帰り道、裁判所の最寄り駅までの光景も、予想外の結果にしか終えられなかった私の目には薄暗く感じられました。

…別の項でも触れますが、調停委員は必ずしも法律のプロフェッショナルというわけではありません。

ほとんどボランティアという身分に近い方々で。
あくまでも近所のお世話好きなオバサン&おっちゃんが、こじれた夫婦喧嘩を…まあ犬も喰わねえから仕方ねえ。
代わりに喰って解決してやるよ。そんな立ち位置の方々。

長い人生経験から深い真実を示唆してくださることも確かに多いのですが。
一方で、人生経験が長いがゆえの、調停委員の独善的なお説教や価値観の押し付けという性質も往々にあります。

それに自身が振り回されてしまうと、係争の前に敗北してしまうことを、今さらながら私は後悔しつつ認識し直しています。


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