離婚レスキュー

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離婚のXデーに向けてカウントダウンを始めていた

現在40代後半でパート勤務の女性です。結婚したのは23歳の時で元夫は当時33歳。

10歳の年の差がありました。当時を振り返ってみたらただただ、自分は若すぎたなと思うばかりです。本当に勢いだけで人生を甘く見ていたと痛感しています。

結婚が何だったのかと言われれば「若気の至り」という言葉がぴったりだと思います。
実は20そこそこの頃、元夫以前に大恋愛をしていた男性がいました。

その男性のために仕事も生活も捨てて引っ越しまでしたのですが上手くいかず、若くして人生に疲れてしまっていたのです。

もう恋愛はたくさんだと思っていた時に出会ったのが元夫でした。

さほど恋愛感情もなくとにかく結婚して落ち着きたいと思っていて、実際になかなか煮え切らない元夫に「結婚しないのなら別れる」と言ったこともありました。

 

もう本当にこの時の自分の目を覚まさせたいと切実に思います。
元夫は一人っ子で正直見た目もタイプではなく周りの人からの印象も良くない人でした。

 

とにかく当時の私は落ち着きたいのと、33歳で女性と縁のない元夫との結婚話はものすごいスピードでまとまっていきました。
元夫の母親はいわゆる子離れできない人で33歳の息子を「ボクちゃん」とよんでいました。人前でも私の両親の前でもです。

父親の方は元教師で母親との年の差も10歳で年齢的にも頭の固いおじいちゃんという印象でした。

そのくせ自分の妻がいい年をした息子を人前で「ボクちゃん」と呼ぶのをいさめることもしませんでした。
当のボクちゃんである元夫も母親にその呼び方はやめろとは言いません。

そもそも元夫自身もマザコンで母親の言いなりだったからです。

こうして思い起こせば結婚前に一癖も二癖もある家族だということは明白だったのに、結婚を強行してしまったのです。結婚してからは家族という鎖につながれた過干渉が始まりました。

正直元夫との年の差もあるうえにおじいちゃんおばあちゃんに関わるのがちょっと面倒だと感じていました。ところがまだこれはあの地獄の日々にくらべれば100倍もマシだったのです。
本当の地獄が始まったのは子供が生まれてからです。

子供が生まれると元夫の父親と母親は自分の所有物かのように孫に夢中になりました。産後は1か月ほどお世話になるつもりでいたのに、なかなか自分の住まいに帰してくれず(当時は元夫の要望で元夫の実家の目と鼻の先のアパートに住んでいました)1年間実家に住み続けることになりました。

母親の過干渉はさらにひどくなり、孫可愛さに嫁を攻撃して「孫は自分のもの」にしよう作戦がはじまりました。私のすることなすことケチをつけたり、怒鳴りあげたり壮絶ないじめが始まったのです。

自分は黙って一日中家から出かけるのに、私が元夫を朝出勤のために車で駅まで送る際に「いってきます」を言わない(聞こえないだけ)と怒鳴ったり、私の両親の悪口までわざというようになりました。

私の実家は元夫の実家から公共の乗り物を使って半日ほどかかるところにあります。なので帰省して孫を見せに行きたいというと「孫が見たければ自分が来い」と言い、

心臓が悪母親の状況を伝えると笑って「心臓が悪いって、どこどこの誰々さんも心臓が悪いのに働いてるんよ。私だって不整脈があるのに、あはははは」と取り合ってもらえませんでした。
そのうち病気を持っていた元夫の父親が亡くなりました。

するとますます嫁排除で息子と孫と自分だけが家族だと私の母親にも言うようになり、元夫、孫、母親の三人で旅行に行ったりするようになりました。

子供が生まれてから1年間は同居していたのですが、結局私の精神が持たずにアパートに戻ったのですが目と鼻の先なので元夫と孫は常に元夫の実家の入りびたり夜寝る時だけアパートに帰ってくるという母親の独壇場となりました。
そのうちマザコンの元夫は母親の元から帰ってこなくなりました。

 

子供は成長するにしたがってだんだんと人の顔色をうかがう子になってしまいました。なんとなくですが自分の祖母がめんどくさい人だという認識はしているようでした。とにかく祖母の顔色をうかがっていました。
元夫は完全に母親側についてしまい、私を攻撃するようになりました。

生活費を渡さないだの、子供は自分のものだの、さっさと籍を抜けだのすべては自分が家族を持ったという自覚をしなかったことによって自分の家族が壊れてしまったのに、この言い草は何だと本当に腹が立ちました。今思い出しても憎くて仕方がありません。

結婚当初、「親がいるから何とかなる」というセリフと30過ぎて一家の主である男性が何度も口にしたのは驚きでしたが、ここまで母親に依存しているとは!
子どもがいたために人生の半分以上をこの家族のせいで犠牲にしたのですが、その一方で離婚するための準備をしていました。私にはいつか復帰したい仕事があったのですが、とにかく離婚するためにとりあえず希望の職種ではありませんでしたがパートして仕事を始めました。

また離婚専門の法律家の先生にずっと相談をして離婚の方法などを考えていました。後はお金の管理をきっちりやりました。

何をどう思ったのか分かりませんが、別居中も元夫は生活費は渡してきていました。母親にコントロールされているだけで、心根は悪い人ではないのかもしれません。

 

でもあの母親は本当に曲者でした。その母親がそばにいる限りは元夫も敵でしかありません。
元夫からの生活費は家賃と息子にかかるお金だけに使い、食費などその他の出費は自分の収入から出しているという家計簿をきっちりつけました。

これは特に離婚の際に見せることはありませんでしたが、いざというときのためにお金に関してもめたくなかったのでそうしました。

必要以上のものは返す、その代わり必要なお金は改めて請求するためです。慰謝料などはどうせもめると思い最初から請求しませんでした。その代り子供の大学費用を出してもらうことにしました。
元夫の母親が絡むと面倒なので、離婚に際しての条件を法律家の先生と書面に起こし、元夫の同意のもと公正証書を作成しました。母親が口を挟まない事を条件に入れて作成しています。

この条件は本来あまり効力がないようですが、一応公正証書の文面に入れることで圧力をかけています。
それに離婚して現在5年ほどたっていますが、実際は公正証書の内容はあまり守られていません。しかしあえて法律家の先生を間に入れて高い金額を払って公正証書まで作ったのは、そこまでしてでも離婚をしたかったという意思表示と、法律家を入れてまで離婚されるような恥ずかしい男だと自覚してもらいたかったからです。
精神も病んでいたので時間をかけて離婚の準備をしましたが、離婚は早いうちに決断した方が良いなと思います。

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